『龍驤』(艦隊これくしょん)の動画を楽しもう!

 

No.030 龍驤(りゅうじょう) 龍驤型 1番艦 軽空母 声優:日高里菜
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久 火力 装甲 雷装 回避 対空 搭載
31 0 / 19 17 / 39 0 27 / 44 16 / 29 38
対潜 速力 索敵 射程 燃料 弾薬
0 高速 34 / 69 10 / 49 35 35
図鑑説明
軽空母だけど、結構歴戦の空母なんよ、うち。
ああ、あの岩手沖での第四艦隊事件のこと?あれはきつかったー
波浪で艦橋圧壊…いや、ホントありえへん。

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ゲームにおいて (説明はWikipediaより)

史実通り軽空母としてはかなりの搭載数を誇り、最大38機の運用が可能。

未改造時点では飛鷹/隼鷹には劣るものの、高速の軽空母としてはトップ。

改・改二で比較した場合、改では鳳翔改の42機に続いてブービーの43機だが、改二になると55機に増えて祥鳳型改の48機を上回る。

どの段階でもスロット毎の搭載数が非常に偏っており、最大24機という正規空母並の第2スロットをどう活かすか、加えて少搭載のスロットをどう活用するかがポイントになる。

やや極端な配分で一見キワモノに見える龍驤のステータスだが、搭載数の多寡によるスロットの使い分けを学ぶには最適で、バランス型の鳳翔とはまた違った形で空母運用の基礎を教えてくれる。

システムを把握した上で、目的に応じた柔軟な運用を行いたい。

制空重視なら艦戦24機を積みつつ、搭載数に影響されない砲戦火力を艦爆で強化する方法がある。

逆に攻撃重視ならば艦爆・艦攻24機に加えて、少スロットに戦闘機で最低限の制空力も確保といったところだろうか。

もちろんプレイヤーの数だけ様々な運用法があるので、ぜひ試行錯誤して欲しい。

2014/5/23のアップデートで待望の改二が実装された。

ただし到達にはLv75と扶桑型のLv80に次いで最高クラスの練度が必要である。

2014年クリスマス(12/11~12/26予定)限定で、Xmasバージョンのグラフィックが公開された。

なお、龍驤(龍驤改含む)と龍驤改二とでは、それぞれ別バージョンのグラフィックが用意されている。

Xmasバージョンのグラフィックはあくまで立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。

限定期間終了後に図鑑に格納された。

2015年クリスマス期間にはアメちゃんをくれる限定ボイスが追加された。

このセリフや2016年新年ボイス、及びバレンタインボイスでのみ提督を「キミ」でなく「司令官」と呼ぶ。

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小ネタ (説明はWikipediaより)

実験艦としての意味合いが強かった鳳翔に続き、当初から実戦的な空母として計画・建造された正規空母。

本人は「軽空母」と言っているが、計画当時そういう概念はなかったし、艦種としても公式には存在しなかった。

ワシントン軍縮条約・友鶴事件・第四艦隊事件と、様々な外的要因によって設計変更や改装が繰り返し行われ、結果的に鳳翔と並ぶ、海軍の空母開発のテストベッドになったと言える。

実際龍驤以後、日本の空母の仕様はほぼ確定している。

実際の戦歴においても、補助空母というより正規の航空攻撃力として大活躍している。

日中戦線はもちろん、太平洋戦争でも小さな体に見合わぬ奮闘はまさに正規空母の風格と言っていいだろう。

艦名の龍驤は、龍が天に昇っていく様を表す。

空母黎明期は赤城、加賀、鳳翔、そして龍驤の四空母で航空戦隊を編成していた。

龍驤は4年以上一航戦も務めている。

竣工は鳳翔(1922年12月)、赤城(1927年3月)、加賀(1928年3月)、龍驤(1933年5月)の順であり、航空戦隊(一航戦)編制・編入順は鳳翔赤城(1928年4月)、加賀(1929年11月)、龍驤(1933年11月)の順である。

一航戦所属歴も鳳翔(約8年半)、赤城(約6年半)、加賀(約6年)、龍驤(約4年半)の長さであり、龍驤は鳳翔、赤城、加賀の後輩という立場にあたる。

では、なぜ艦これでは龍驤は赤城と加賀を呼び捨てにしているの?と思うだろう。

この四艦は次の蒼龍と飛龍が来るまでの約10年もの間、機動部隊の主力として、それぞれが役割を持ってその発展に多大な貢献をしてきた。

この間、鳳翔と龍驤が一航戦で赤城と加賀が二航戦だった時期もあり、艦これの世界では先輩後輩というよりも、長く苦楽を共にして気心の知れた仲間のような感覚でいるのかもしれない。

初の実戦は1937年の日中(日華)事変。

黎明期の機動部隊の主力として青島攻略作戦や厦門攻略作戦などに参戦。

加賀や鳳翔と共に世界で活躍を報道され、その名を知らしめた。

その後は一時的に実戦から離れ、発着訓練艦として搭乗員を育成。

訓練は相当厳しかったらしく、「赤鬼、青鬼でさえ『龍驤』と聞いただけで後ずさりする」と恐れられている。

参加作戦はダバオ飛行場爆撃、レガスピー攻略作戦、ダバオ攻略作戦、アナンバス攻略作戦、バンカ・パレンバン攻略作戦、アンダマン・ビルマ攻略作戦、インド洋機動作戦、マレー沖海戦やスラバヤ沖海戦、アリューシャン攻略、ダッチハーバー空襲、その他通商破壊作戦においても、小柄な艦にも関わらず存在感を示した。

南方西方北方と広大な海域を縦横無尽に暴れ回り、かつ、どれも成功や勝利に導いている。

軽空母でこれだけ多くの作戦を遂行したのは龍驤のみ。

参加作戦数は隼鷹や瑞鳳といった活躍した艦を上回っている。

開戦時は一・二・五航戦が真珠湾、鳳翔は本土防衛、瑞鳳は訓練中といった状況であり、空母は龍驤だけで連合軍がひしめき合う南方作戦へ突撃している。

よって他の空母たちとは一線を画す独特の戦歴を持っている。

実に大変な目に遭っているのだ。

最期は第二次ソロモン海戦。

翔鶴・瑞鶴が米軍機動部隊を撃破する為の囮役として本隊から分派し、敵警戒網へ前進、孤立した状態でガダルカナル島の飛行場を攻撃し、米軍機動部隊の注意をひきつけた。

囮は成功し、米軍機動部隊は翔鶴と瑞鶴の存在に気付くことなく攻撃隊を龍驤に向かわせている。

そしてガダルカナル島北方の海域に没した彼女だが、大袈裟に言うなら、彼女は当時の連合軍にとって枕を高くして寝られない程の脅威であった。

旧帝国海軍の空母戦史において彼女は「殊勲艦」と呼ぶに相応しい存在だったのだ。

戦歴、艦容、艦娘としてのキャラクター・設定・運用等、色々な意味で話題に事欠かない艦だといえる。

とにもかくにも、彼女こそ軽空母というコンセプトを世に示した元祖・軽空母である。

うさんくさい関西弁なのは横浜生まれの横須賀育ちという生粋の関東人だからである。

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