『初霜』(艦隊これくしょん)の動画を楽しもう!

 

No.078 初霜(はつしも) 初春型 4番艦 駆逐艦 声優:小林元子
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久 火力 装甲 雷装 回避 対空 搭載
16 10 / 29 6 / 19 27 / 69 43 / 79 9 / 39 0
対潜 速力 索敵 射程 燃料 弾薬
21 / 49 高速 5 / 19 10 / 49 15 20
図鑑説明
初春型駆逐艦の4番艦、初霜です。
アリューシャン作戦、アッツ島沖海戦、キスカ島撤退作戦、マリアナ沖海戦、北号作戦、坊ノ岬沖海戦など、様々な激戦に参加しました!
ほんと、頑張ったんです!

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ゲームにおいて (説明はWikipediaより)

赤茶の瞳と先端を縛った長い黒髪、赤ネクタイのブレザーが特徴的な駆逐艦娘。

姉の若葉がブレザーを着崩しているのに対して、初霜はきっちりと整えている。

容姿的に三日月と似ているが、あちらは黒セーラー服・瞳が黄色・アホ毛と、割と違いがある。

なお、割と豪快に脱げてしまう。

特に前が。

初霜ちゃんマジイケメン。

見た目の割に老成した声をしており、穏やかな性格で口調も丁寧なものが多い。

艦や人を守ることに大きな自負を持っており、戦闘時は勿論、最後の時も提督や仲間の安否を第一に考えるほど。

提督のセクハラに対しては「魚雷管の角度を直してくれている」と勘違いしたり、二周年記念での「輪形陣でお祝い」発言等若干天然な一面もみられる。

また、節分でははしゃぎながら豆まきを楽しむ等見た目相応に子供らしい所もある他、史実では下記のやらかしからドジっ子な面も・・・。

強烈な逸話や武勲を持っているが、サービス開始から長らく平均的な能力の1コモン艦に過ぎなかった。

史実上関わった艦は結構な数になるのだが彼女らへの言及も無く、自身について言及してくれる艦も若葉のみ。

彼女自身の大人しめな見た目や性格、特徴的な声も相まって数の多い駆逐艦娘の中に完全に埋もれている存在であった。

しかし時間が経つにつれ彼女の逸話が提督達の間に広まり、武勲艦枠の改二候補の筆頭として話題に挙げられるようになっていく。

初春や子日、若葉に改二や追加ボイスが実装されるとその声はさらに高まり、「改二も時間の問題」として初霜に高い期待が寄せられていった。

そしてついに、2015/1/23のアップデートでさらなる改装が行われる事となる。

このアップデートでは初霜改および改二に放置ボイスが追加され、矢矧や浜風(小ネタ参照)に言及するようになった。

任務「『第二一駆逐隊』編成せよ!」「『第二一駆逐隊』出撃せよ!」「『那智戦隊』抜錨せよ!」で必要となる。

また15/07/17のアップデートで一水戦時代の上司阿武隈改二と共に追加された「『第一水雷戦隊』北方突入準備!」「『第一水雷戦隊』ケ号作戦、突入せよ!」で若葉共々必要となる。

なお再突入では・・・

2018年2月5日アップデートにて、改・改二に、姉妹艦では初春に続き時報が実装された。

時報内で北号作戦を共にした日向・伊勢・大淀・朝霜を新たに言及するようになった。

同日任務「精鋭『第二一駆逐隊』、抜錨準備!」「精鋭『第二一駆』、猛特訓!」(編成任務は初春改二・若葉改・初霜改二が必須。)が追加された。

また、同日、バレンタイン限定ボイス(2種類)、冬イベ決戦ボイスが期間限定で追加された。

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小ネタ (説明はWikipediaより)

駆逐艦建造の名門である浦賀船渠出身の初春型の4番艦。

自身の言葉通り数々の激戦をくぐり抜け、終戦の半月前まで生き残っていた数少ない駆逐艦。

ケンダリー攻略戦を皮切りに、南方攻略の諸作戦に参加。その後北方部隊に編入され、アッツ島沖海戦やキスカ撤退作戦を経て再び南方へ。

マリアナ沖海戦、多号作戦、北号作戦、坊ノ岬沖海戦など、末期の困難な作戦、海戦にも多く参加し生き延びてきた。キスカ撤退作戦と北号作戦両方に参加したのは彼女一隻だけである。

キスカ撤退作戦以降は、作戦に参加する以外にも多くの護衛任務に従事した。

改装空母や輸送船など多数の艦の護衛にあたっており、艦これに実装されているだけでも日向、伊勢、大淀、愛宕、飛鷹、龍鳳、千歳、高雄、瑞鳳、榛名、妙高が初霜の世話になっている。

同じ作戦に参加した僚艦や護衛対象となった艦は、その戦闘や作戦を生き残る確率が高かったとか。

これも幸運艦と呼ばれる所以だろうか。

護衛されて沈んだ戦闘艦は大和くらいで、輸送艦等合わせても未帰還となった艦船は片手で足りる。

損傷らしい損傷を殆ど負わなかった艦である。

最後に機雷で大破したのを除くと、まともに負傷したのはキスカ撤退作戦における衝突の時と、若葉乗員救出中の空襲による砲塔被弾ぐらい。

稀有の幸運艦だった。

開戦時は初春、子日、若葉と共に第二十一駆逐隊を組み、阿武隈率いる第一水雷戦隊に所属していた。

だが初春型の航続距離の問題で二十一駆は機動部隊及び戦艦部隊と共に真珠湾に行くことは無く内海に留められた。

そんな第二十一駆逐隊が最前線に行くことになるきっかけが1942年1月、フィリピンのダバオまでの輸送船団の護衛任務である。

そして初霜達はさっそく24日にスラウェシ島ケンダリーの攻略に参加することになる。

その後マカッサル攻略作戦、続いてバリ島攻略作戦に参加する。

バリ島攻略後の3月1日、初霜達第二十一駆逐隊は測量艦筑紫と共にバリ島とジャワ島間のバリ海峡を哨戒していた。

1942年5月以降、初霜の姿は主に北方海域にあった。

アリューシャン攻略のため北方部隊に組み込まれ、そのまま警戒任務に当てられたのである。

空母や戦艦が激突した南方と比べると地味な印象がぬぐえない北方だが、マメにちょっかいを出してくる米軍に対し少ない戦力と資材で備えなければならず、加えて北方特有の天象もあり、こちらはこちらで苦労の絶えない海域であった。

キスカ撤退作戦も終わり、初霜は艦載機を運ぶ改装空母の護衛に従事することになった。

マリアナ沖海戦(あ号作戦)の際は補給部隊として参加。

雪風、響、卯月、夕凪と共に給油艦6隻を護衛する。

レイテ沖海戦の際、初霜属する第二十一駆逐隊は那智を旗艦とする志摩艦隊の指揮下にあった。

レイテ沖海戦での傷が癒えた初霜は第二次多号作戦に参加、輸送船を護衛して無事オルモック突入に成功した。

彼女たちは来襲する敵機に対し輸送船の周りをぐるぐる回りながら煙幕を焚いて護衛。

そうこうするうち、マニラを米機動部隊の大空襲が襲うようになった。

11月5日の空襲では那智が沈み、続行した曙が大破。

霞はただちに救助命令を発し、初霜も初春、潮とともに彼女たちの救助に当たった。

しかし13日にまたもや大空襲を受け、木曾や先の空襲で辛くも生き残った曙、そして姉の初春も被弾、沈没していった。

このフィリピンにおける一連の戦闘で生き残ったのは霞、潮、初霜、朝霜、竹(松型駆逐艦2番艦・未実装)のみだった。

マニラ湾を脱出した後、初霜は霞と組んで榛名の護衛などを務めるが、タンカー日栄丸の護衛の際、レイテ沖海戦で損傷し応急修理後内地に向かおうとした妙高の再度被雷の報に接し分離、救援に向かった。

北号作戦で奇跡と言われる完全成功を収めた6隻のうちの1隻でもある。

日向・伊勢らを護衛して制海権のない危険海域を突破、呉に帰還を果たした。

坊ノ岬沖海戦では、敵機動部隊の艦載機の猛攻により僚艦が被弾し、撃沈されたり、航行不能に陥る中、唯一被弾なし・戦死なし・戦傷2名という正真正銘の奇跡を成し遂げ、最終的に多くの生存者を救助して帰還した。

最後は本土決戦に備え、ついに雪風と第十七駆逐隊を組む。

もはや両艦とも隊を成すべき姉妹は無く、生き残ったもの同士で編成されたのである。

7月30日、停泊していた宮津港が米機動部隊による空襲を受けた。

これが初霜最後の戦いとなった。

戦後長く放置されたのは、呉空襲によって行動不能となった艦達は動かす燃料も無く対空戦闘後「大破着底」したのに対し、初霜は機雷で損傷後酒匂艦長の指示によりそのまま獅子崎付近に突っ込み「擱座」させられたためである。

1948~51年に浮揚され、舞鶴にて解体。

波乱の生涯に幕を下ろした。

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