『矢矧』(艦隊これくしょん)の動画を楽しもう!

 

No.139 矢矧(やはぎ) 阿賀野型 3番艦 軽巡洋艦 声優:山田悠希
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久 火力 装甲 雷装 回避 対空 搭載
31 20 / 42 17 / 33 24 / 72 38 / 72 17 / 63 6
対潜 速力 索敵 射程 燃料 弾薬
25 / 70 高速 13 / 45 13 / 59 30 35
図鑑説明
阿賀野型軽巡の三番艦、矢矧よ。
マリアナ、レイテ、坊ノ岬と、後半の大きな海戦には殆ど参加したわ。
そうよ、最後の最後まで暴れてみせたの。
私の記憶の途切れた後、大和はどうなったのかしら。
ま、いいわ…今度は全てを護りきるから!

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ゲームにおいて (説明はWikipediaより)

2013/11/20にイベント「決戦!鉄底海峡を抜けて!」開催期間延長に伴い、追加実装された艦娘。

同イベントによる実装艦は武蔵、阿賀野、能代、伊19、伊8。

2013/12/24のアップデートで実装された「大型艦建造」にて阿賀野、能代と共に建造可能になった。

イベント時は入手が非常に困難だったが、大型艦建造では全資源最低値でも建造可能。

また2014/09/26のアップデートでドロップが確認。

ドロップポイントは6-2のボスドロップのみ確認されている。

先行実装当初、運営は「通常海域などでドロップしますので少しだけ安心してください」って言ったのに1年待たせたあげくこの難所に配置ってなんなの……、と突っ込む提督が続出した模様。

直近の妹である酒匂も、2014/4/23のイベント「索敵機、発艦始め!」のE-5突破報酬として実装された。

「未改造の軽巡」としては初のレアリティホロ枠の艦娘である。

ちなみに改造後は最高レアリティの桜ホロとなる。

その後大淀が実装されたことでホロ枠の軽巡としては唯一ではなくなった。

2017/04/05のアップデートにて増設スロットに長8cm砲系列の対空兵装が装備可能となった。

時報がかなりのメタ発言である。

あの武蔵もびっくりなほどである。

2016年冬に行われたローソンのキャンペーンで、阿賀野型全員の私服modeが描き下ろされた。

ただし、ゲームでは実装されていない。

2018/02/17のアップデートにて、決戦modeとして能代と共に通常イラストに白鉢巻きが追加された。

2018年3月17日、佐世保コラボイベントにおいて頒布された「ちんじゅふ。Vol.2 佐世保鎮守府」で、私服描き下ろしイラストが掲載された。

2018/4/6のアップデートで増設バルジ(中型艦)、水上爆撃機が装備可能になった。

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小ネタ (説明はWikipediaより)

佐世保海軍工廠で1942年9月25日進水、1943年12月29日就役。

艦名は長野県から岐阜県・愛知県へと流れる矢矧川(現:矢作川)に由来する。

戦歴に恵まれない阿賀野型軽巡の中にあって、僅か1年半の生涯で数多くの海戦に参加。

戦争末期とあって多くの敗北を経験した。

マリアナ沖海戦には第十戦隊旗艦として駆逐艦15隻を率いて参加。

大鳳と翔鶴の生存者を救助し、瑞鶴の直衛として対空戦闘にあたっている。

この事もあってか、翔鶴の轟沈セリフでは矢矧と秋月のことを言及するものがある。

レイテ沖海戦にも第十戦隊旗艦として栗田艦隊に所属し参加。

武蔵が戦没したシブヤン海海戦では至近弾により損傷、22ノットまで低下した速力を応急修理により28ノットまで回復。

30ノット以上出すと浸水が始まる状態であったが、翌日のサマール沖海戦ではそれに構わず無理やり32ノットの速度をひねり出して追撃に参加した。

サマール沖海戦では、敵駆逐艦ジョンストンの勇敢な応戦に苦戦しつつも麾下駆逐艦達と共に魚雷を発射、敵空母2隻撃沈を報じた。

しかし残念ながらこれは誤認であった。

この戦果に関しては矢矧、雪風、浦風それぞれが命中確実と確認し、その様子の具体的な図まで作って報告している。

しかしどうやら魚雷の信管過敏のため波に叩かれ早発してしまい、各艦はその水柱を命中と誤認してしまったようだ。

この時の矢矧の確実な戦果は駆逐艦ジョンストン(Johnston:DD-557)の共同撃沈、及び駆逐艦ホーエル(Hoel:DD-533)の共同撃沈であった。

命中率の低い遠距離からの雷撃であったため攻撃判断については疑問も呈されており、これが攻撃時の「今度は良く引きつけるんだ……」の台詞につながっているものと思われる。

昭和19年12月5日、戦没した能代のあとを継いで第二水雷戦隊の旗艦となる。

最期は大和護衛の第二水雷戦隊旗艦として出撃。

坊ノ岬沖海戦を戦うこととなった。

この時すでに国内の燃料重油は殆ど枯渇しており、本来貨物船に随伴する護衛艦へ割り当てる燃料を海上特攻部隊へ回さざるを得なかった。

皺寄せを受けた護衛総司令部の大井篤大佐は激怒したが、燃料消費の多い大和にはこれでも足りなかった。

そのため矢矧や浜風、冬月(未実装)などから重油を抜き取り移載、これらの護衛艦艇へは重油の代わりに満州産の大豆油を補給する事になった。

生き残った冬月の戦闘詳報によれば運用に支障はなかったようだが、排気からはテンプラの匂いが漂っていたという。

出撃の際、矢矧坐乗の第二水雷戦隊司令官・古村啓蔵少将は大和に対し「もうこれで日本の水雷戦隊は無くなるだろうし、最後の思い出に訓練をさせてほしい」と嘆願し、許可されている。

そして進撃の途上、矢矧の命令一下、各駆逐艦は一斉に散開、大和を目標に襲撃訓練を実施した。

かつて、月月火水木金金の凄まじい猛訓練と最高練度を誇った二水戦、その最後を華やかに締め括ったのであった。

空襲開始後、矢矧は早々に2本の魚雷を受けて機関停止し艦隊から落伍してしまった。

しかし、その後ただの浮かぶ標的状態となり攻撃を浴びつつも耐え続け、力尽きたのは大和総員退去の約10分前だったという。

彼女が浴びた被害は、実に魚雷7本、爆弾12発にも及ぶ。

軽巡が被った被害としては空前絶後である。

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