『タシュケント』(艦隊これくしょん)の動画を楽しもう!

 

No.313 Ташкент(タシュケント) Ташкент級 1番艦 駆逐艦 声優:宮川若菜
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久 火力 装甲 雷装 回避 対空 搭載
22 18 / 50 12 / 31 12 / 48 48 / 90 20 / 52 0
対潜 速力 索敵 射程 燃料 弾薬
33 / 55 高速 7 / 36 40 / 90 15/span> 30
図鑑説明
北の国で生まれた空色の巡洋艦、タシュケントだよ。
うん、そう。本当の艦種は駆逐艦なんだ。
嚮導駆逐艦。まあ、駆逐艦としては大きいかな。確かに。
海の戦いも陸上の戦いの援護も頑張ったよ。
結構頼りになるだろ?
空色の巡洋艦、どう?
うん、よかった!
覚えておいてね。
Спасибо!

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ゲームにおいて (説明はWikipediaより)

2018年冬イベント「捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(後篇)」後段作戦のドロップ艦として実装。

素の射程が「中」の駆逐艦は初めてである。

Z1型や天津風、秋月型に続き、未改造時点で3スロット装備可能。

改造後は駆逐艦初の4スロット装備可能な艦になる。

改良型艦本式タービンを持参する初の艦娘でもある。

しかも、改造後にもう一個持ってくる。

初期で改良型艦本式タービンと強化型艦本式缶を装備しているので速力は高速+になっている。

この艦自体は高速。

ちなみに改造後でもそうだが新型高温高圧缶に変更すると速力は最速になる。

一人称は「あたし」。

この一人称が出てくるのはケッコン後台詞のみ。

服装も艤装もニックネーム通りの空色が基調。

ロシア帽の一般的なイメージと言えば、耳当てが一体化した毛皮製のウシャンカ(ушанка)があるが、彼女の帽子は耳当てが無いパパーハ(папаха)である。

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小ネタ (説明はWikipediaより)

通常、ソ連の駆逐艦は「ヴェールヌイ」(信頼できる)と言ったような形容詞を艦名に戴くのが慣例であった。

しかし20型駆逐艦「タシュケント」はソビエト連邦を構成するウズベク・ソビエト社会主義共和国(現ウズベキスタン共和国)の首都の名である。

地名の方は「タシケント」とも表記される。

これはタシュケントだけでなく、嚮導駆逐艦の名は都市名から取っていたため。

ソヴィエト連邦の第二次五ヶ年計画によって計画された嚮導駆逐艦。

海軍力の増強を図っていたソ連の駆逐艦隊旗艦として計画され、他の駆逐艦よりも大きな艦体(基準排水量2893tはほぼ夕張と同じである)、強力な武装、通信能力、指揮能力を持って生まれた。

『空色の巡洋艦』とはコバルトブルーに艦体が塗られていたことからつけられたあだ名。

ソヴィエトおよびロシアでは大祖国戦争(第二次世界大戦)を勝利に導いた英雄的な功労艦の一隻として記憶されており、黒海での奮闘を称えてソヴィエト連邦国家賞が与えられ、親衛の称号授与が諮られるほどであった。

タシュケントは13万馬力という非常にパワフルな艦でもあった。

日本海軍だと高雄と同レベルである。

1941年にドイツとソヴィエトの間に戦端が開かれると、タシュケントは黒海艦隊の一員として黒海を駆けずり回る忙しい日々を送ることになる。

黒海艦隊においては、開戦1週間前に就役したばかりの巡洋艦「モロトフ」と共に行動することが多かった。

11月25日~28日にかけてタシュケントは7-U号計画型駆逐艦ソオブラジーテリヌイおよびスポソーブヌイとともに船団護衛の任に当たった。

この他にも、タシュケントはセリフで甲板の広さについて語っている通り、駆逐艦にしては大きな船体故に甲板や艦内容積が広く多くの人員や物資を輸送でき、速力も速かったことからドイツ軍の包囲下にあったオデッサやセヴァストーポリなどへ陸戦兵力の展開や避難、物資の輸送などで黒海を走り回っていた。

1942年6月、黒海艦隊の活動拠点でありドイツ軍の包囲下にあったセヴァストーポリの防衛線が崩れ始めると、ソ連軍は同地からの撤退を決め、黒海艦隊はノヴォロシースクへ脱出する事となる。

タシュケントは2,100~2,300人の避難民と負傷兵、有名な絵画などを乗せ、セヴァストーポリからノヴォロシースクに向けて脱出する艦隊の最後尾を進んでいたが、ドイツ空軍に発見されてしまう。

死線をかいくぐり無事脱出したタシュケントは英雄的な活躍をしたと認められ、全乗組員にスターリン国家賞が、艦長と政治将校にはレーニン勲章が贈られた。どちらもソ連における最上級の褒章であった。

今までいくつものを任務をこなし、死線をかいくぐり、名誉まで約束された運のツイた艦であったが、突如としてその命運は尽きる。

ブジョーンヌイ将軍の訪問を受けた翌日7月2日、78機のドイツ空軍の編隊がノヴォロシースクを襲う。

埠頭に停泊中だったタシュケントはドイツのJu88爆撃機に急襲され、最初に1t爆弾が艦首に命中、続いて2発の250kg爆弾が機関部に命中、これが致命傷となった。

その後更にもう1発の250kg爆弾を艦尾に浴びた。

それまでの強運や活躍もウソのように突如として命運が尽きたタシュケントであったが、その雄姿は人々の記憶に深く刻まれ、海軍では「タシュケントを思い出せ!」や「タシュケントのように!」といった掛け声ができるほどであった。

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