『村雨』(艦隊これくしょん)の動画を楽しもう!

 

No.081 村雨(むらさめ) 白露型 3番艦 駆逐艦 声優:タニベユミ
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久 火力 装甲 雷装 回避 対空 搭載
16 10 / 29 6 / 19 24 / 69 43 / 79 9 / 39 0
対潜 速力 索敵 射程 燃料 弾薬
21 / 49 高速 5 / 19 10 / 49 15 20
図鑑説明
白露型駆逐艦3番艦、村雨よ。
雨の名前の駆逐艦群なんてお洒落よね?
姉妹艦の夕立たちと一緒に第2駆逐隊を編成したの。
鼠輸送ですって?
失礼しちゃう、ガダルカナル島輸送作戦でも活躍したわ!

[csshop service=”rakuten” keyword=”村雨 艦隊これくしょん” sort=”-sales” pagesize=”3″ mode=”embed”]

ゲームにおいて (説明はWikipediaより)

どこかの魔法少女と同じ台詞を発する。

そして初期装備では魚雷を持ってないくせに「主砲も魚雷もあるんだよ」などと発言するのも同じ…

だからこそ、史実のように酸素魚雷を持たせる改造をして、「アルティメット村雨改」にしてあげてください。

口癖である「はいはーい」と「ちょっといい〇〇」の元ネタだが、前者は某八先生、後者はバブル期から流行った飲み会のコール(「〇〇の、ちょっといいとこ、見てみたい!」の様に言う)である。

特に前者は初期イラストでも某八先生感が出ている為、当初は昭和ネタキャラ路線だったのかも知れない。

尚、改装・補給ボイスは某艦隊のアイドルを、平常時の出撃ボイスは由良をリスペクトしたもののようである。

自己紹介にある通り彼女は第二駆逐隊所属なのだが、「夕立」「五月雨」はいるのに「春雨」がいない為揃わない…という悲劇が、艦これに初実装となる2014年夏イベ開始まで続いていた。

2014年夏イベントのE-1クリア報酬として「春雨」が先行実装。

遂に第二駆逐隊が再結成される日が来た。

ちなみにその「春雨」とは4代に渡る永遠の姉妹。

伝統と仲の良さは雷電にも負けない。

限定グラフィックでは、姉妹のうちでも特に深い春雨との、姉妹艦としての絆をより感じさせている。

2016年梅雨シーズンにも復活した同限定グラでは春雨のようなてるてる坊主をつけていたが、秋季限定グラでは髪留めのリボンとして春雨と同じものをつけていた。

余談ではあるが、現行の「むらさめ型」の名前には、この初期第二駆逐隊の4隻が全て存在している。

かつての駆逐艦隊を現役艦でコンプできる唯一の例である。

2015年の5月から9月にかけて、実質的な3シーズン連続の限定グラフィック追加という、艦これ正式サービスが始まって以来、前代未聞の抜擢がなされ、村雨ファンの提督は我が目を疑いつつも、歓喜の声を爆発させた。

また、その過程において、スラッとしたスタイルの良さで出るとこは出てるという、駆逐艦娘屈指といえるほどの抜群のスタイルの持ち主であることが知られることとなった。

2015年5月、村雨改の梅雨追加グラフィックで相当な胸部装甲を持つ事がハッキリと判るように。

限定グラフィック全体で、「改二のみ、または改二での差分」が用意されているケースは多々あるが、改二で限定グラフィックが解除されるのは村雨が初めてのケースである。

これは、梅雨モードの衣装が完全に「~改」までのもののそれであり、改二でガラリと外見・衣装が変わった村雨の場合、無理に以前の衣装に戻すと違和感が大きくなる故の措置ではないかと推測される。

公式4コマ167話では秋雲作と思われる、この衣装とポーズ(2016年梅雨シーズン仕様)のフィギュアが登場している。

2015年6月の初夏限定グラではその胸部装甲を存分にアピールせんばかりの水着姿を披露している。

というか、そのボンッ、キュッ、ボーンなスタイルぶりは、駆逐艦離れした強烈なもので、スタイルの良さを決定づけるものとなり、多くの提督に衝撃を与えた。

さらに、2015年9月にはF作業modeなる秋季限定グラフィックが登場。

秋イベでは2015年秋季限定グラフィックはそのままに、モチーフとなった海域の輸送作戦に因むボイスが追加されていた。

2018年4月、久しぶりに季節限定グラフィックが実装された。

記事の引用元はここをクリック

小ネタ (説明はWikipediaより)

白露型の村雨は二代目であり、初代は日露戦争時に建造された春雨型駆逐艦二番艦。

竣工日は1937年1月7日。

妹の夕立と同じである。

1941年12月8日、真珠湾空襲が行われていたころ、南方方面ではフィリピンの侵攻、通称「M作戦」が開始された。

その一環として村雨率いる第二駆逐隊は四水戦旗艦那珂と朝雲率いる第九駆逐隊(山雲欠)と共に馬公を出港、ビガン敵前上陸作戦の支援に就く。

これが村雨の開戦後初の任務となる。

その後もリンガエン湾、タラカン、バリクパパン、セブ島といった軍事・政治的に重要な拠点の制圧を支援、スラバヤ沖海戦、ミッドウェー海戦等に参加。

その後彼女の言うとおり、ガダルカナル島への鼠輸送にも7回従事している。

1942年11月12日深夜に生起した第三次ソロモン海戦においては四水戦旗艦朝雲及び第二駆逐隊第一小隊僚艦五月雨と共に米艦隊を迎撃している。

12月21日、四水戦旗艦長良が舞鶴で修理のため村雨が旗艦を継承。1943年1月14日特設空母冲鷹の航空機輸送任務を支援、その後も横須賀まで冲鷹の護衛に就いた。

ガダルカナル島撤退作戦後、コロンバンガラ島への輸送任務中に米艦隊の奇襲を受け、満足な反撃も出来ないまま沈没。

この戦い(ビラ・スタンモーア夜戦)は、米艦隊が巡洋艦を含む6隻、日本側が駆逐艦2隻のみという劣勢ながら、日本海軍が得意とする夜戦で、ほとんど何も出来ずに一方的に敗退した最初の事例となる。

村雨と僚艦の峯雲は、発砲されても誰に撃たれたのかわからず、村雨では敵艦隊に撃たれているにもかかわらず対空戦闘の命令が出る有り様だった。

以後、米軍のレーダーの発達や夜戦戦術の向上で、水雷戦隊は得意の夜戦といえども大損害を頻発するようになっていった。

村雨沈没から7か月後、再び前線に戻った種子島艦長は蟻輸送を任務とした「第一輸送隊」隊長となり、彼にとって因縁の地・コロンバンガラ島から大発動艇にて、米軍の包囲下にある守備隊12,000名を回収、チョイセル島経由→ブーゲンビル島へ脱出させる作戦を完遂させた。

いわゆる『セ号作戦』の発動と、その成功である。

……と、結果だけ抜き出せば、計画通りに終わったものなのだが、この作戦、当初は制海権・制空権を失いつつある島の包囲網の中、『護衛艦無しで、大量の大発動艇のみで兵員を収容、撤退させる』という、ムチャ振りにもほどがある内容であった。

記事の引用元はここをクリック

[game-2]

村雨 艦これ(最新無料動画を楽しみましょう♪)

 

【村雨 艦これ(最新無料動画はここをクリック)】