『大和』(艦隊これくしょん)の動画を楽しもう!

 

No.131 大和(やまと) 大和型 1番艦 戦艦 声優:竹達彩奈
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久 火力 装甲 雷装 回避 対空 搭載
93 96 / 129 88 / 108 0 27 / 59 50 / 94 28
対潜 速力 索敵 射程 燃料 弾薬
0 低速 15 / 39 超長 12 / 79 250 300
図鑑説明
大和型戦艦一番艦、大和です。
艦隊決戦の切り札として、呉海軍工廠で極秘建造されました。
当時の最高技術の粋を結集されたこの体、二番艦の武蔵とともに、連合艦隊の中枢戦力として頑張ります!

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ゲームにおいて (説明はWikipediaより)

2013年8月イベント海域「南方海域強襲偵察!」の最深部突破報酬として先行配布され、同年12月24日に実装された「大型艦建造」で正式に実装された。

ちなみに大和型戦艦2番艦の武蔵は2014/07/04に正式に実装された。

確率は低下するものの大和は開発資材1でも建造可能(武蔵・Bismarckは20・100の必要あり)。

このため、武蔵が先に着任した提督はある程度建造制御が可能だが、大和が先に着任している提督は8時間表示毎にお祈りが必要。

運が悪いと偏り続けることもある。

Bismarck狙いでZ1orZ3を秘書艦としている状態でも、確率は大幅に低下しているものの武蔵共々建造可能。こちらも運が悪いと偏り続けることもある。

2018年2月現在、建造背景にて唯一の桜ホロ。

武蔵はなぜかSホロ。

実装済み艦の中で武蔵と並び最高クラスを誇る耐久・火力・対空・装甲、そして資材消費。

昼戦一回のみで燃料50・弾薬60というビッグセブンすら軽く見える凄まじい大食らい。

入渠では鋼材が4桁掛かるなんてことも良く起きる。

改装時の鋼材は驚異の3000。

駆逐艦が100隻(正確には最低値建造100回)作れる。

これは武蔵も全く同じ。

改造Lvが60と、初回改造Lvは実装時点でトップだった。

Lv1の状態ですら他の戦艦の改装型(むしろ改二も)と張り合えるほどの能力があり、史実通り「艦隊決戦仕様」と言える存在なのだが、普段使うには消費が重いのも事実。

ただ燃費優先で戦力を抑えるよりは、大和で速攻した方が最終的な被害は小さくなったりする場面も案外多い。

Lv上げとしては演習がメインになるだろう。

大和型は燃費もそうだが、仮にカスダメでも修理費用がバカに高いため、できる限り無傷確定かつ比較的に経験値が高い演習を利用していきたい。

夜戦での大破率は他の戦艦と変わらないので昼までで決着を付けたい時に使うのがベストかも……?

4/23以降建造でもドロップ同様の背景となったが、同時にSホロ背景とHホロ背景が実装され、建造可能の大和のみが取得画面でのHホロ(Sホロ背景+桜)の背景となる唯一の艦娘である。

姉妹艦の武蔵は何故かSホロ背景。

現在でも修正されてない。

2016/08/01のアップデートで夏の季節限定グラフィックの水着modeが実装された。

艦これ一番くじと同じデザインの水着だが、こちらはラムネを抱え込んでいる。

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小ネタ (説明はWikipediaより)

日本人なら軍艦に詳しくなくても誰もが知っているであろう、日本海軍の隠し玉にして世界最大の超弩級戦艦。

基準排水量65,000トン、満載排水量72,809トンの超大型戦艦である。

大和ライバル艦はIowa級戦艦である。

当時日本海軍の保有していた主力艦は扶桑型、伊勢型、長門型などの老朽艦しか無く各国の新鋭戦艦に対抗するには不十分であったため、マル三計画で戦艦2隻(大和、武蔵)、マル四計画でも戦艦2隻(信濃、一一一号艦)計4隻の新戦艦の新造が最も古い巡洋戦艦金剛型4隻を代替するために計画された。

しかし実際に完成したのは大和・武蔵、航空母艦へ改装された信濃の三隻で、四番艦に相当する「第一一一号艦」は手を付け始めたところで解体、伊勢姉妹の航空戦艦化の資材に流用された。

更にマル五計画では改大和型戦艦1隻、超大和型戦艦2隻と行った改良型も計画されており、日本海軍は大和型を次世代戦艦のスタンダードとして量産しようとしていたのが伺える。

艦首が非常に高くなっているようにイメージされることも多いが、艦首乾舷は中央部とほとんど変わらない。

艦首に向けてせり上がっているように見えるのは、1番砲塔の付近の甲板を凹ませて砲塔の搭載位置を低くし、重心を下げる工夫をしたためである。

この形状は「大和坂」とよばれた。

『大艦巨砲主義の極致』とは言われるものの、性能に比してコンパクトな作りになっている。

全長は263mで全長だけならアメリカのアイオワ級の270.43mのほうが長いのだが、アイオワ級は全領域で日本の新戦艦を上回る性能とパナマックスを実現させるため艦の全長を大きくしたので、全長だけで単純な比較はできない。

しかし、元々艦型が小さい方が防御上有利であるため大和型には可能な限り艦体を小さくすることが求められており、技術者たちが最も苦心したのは如何に小さい艦型で軍令部の要求通りの艦を造れるかという事であった。

最終的には技術者陣の苦心の結果、大和は全長263m 水線長256m 基準排水量65,000tと18インチ砲艦としては小さな艦として完成した。

軍令部の当初要求では30ノット以上であり、当初案には主要防御区画短縮と水上機運用を重視して、英国のネルソン級戦艦と同じく、主砲塔3基を全て前部に搭載するプランもあった。

大和型計画時は戦艦・巡洋艦の水上爆撃機を一斉に発進させ、空母の攻撃力を補う考えがあったからである。

こうした、大型水上艦搭載水上機を攻撃任務に転用する考え方の延長上に航空戦艦伊勢型があり、大和型戦艦も完成後に水上爆撃機瑞雲を16機搭載できないかと真剣に検討されたが、レイテ沖海戦などにより実現していない。

計画速力は27ノットで、ゲーム内の「低速」扱い軍艦としては最速。

実際には大和が、昭和17年6月22日に佐田岬沖の公試で28.5ノットを記録し、武蔵も公試時に過負荷全力で28.1ノットと計画以上の速力も計測している。

主砲も、用兵側の要望で50口径があげられていたが、建造当時の日本の技術・設備的に難しいので45口径となった。

戦艦の集中防御区画は自分の主砲弾が直撃しても耐えられるように作るため、潜水艦の魚雷を食らっても乗組員が気付かないという超重装甲だった。

ディーゼル発電機4基とタービン発電機4基を装備し最大出力4,800kW。

きわめて大きな発電能力を持っていたのも特徴である。

日本海軍きっての隠し玉であり、その性能は最高レベルの軍事機密として秘匿されていた。

最強の戦艦として就役したのはいいが、その性能に比べて戦歴は少ない。

これはBismarckの撃沈やタラント空襲に続き、建造した当の日本海軍が行った真珠湾攻撃とマレー沖海戦で「戦艦は航空機からの攻撃で容易に撃沈可能」と立証してしまったため。

一度失うと簡単には補充が利かない主力戦艦の損失を恐れたのか、積極的に戦線へ投入されなかった。

大和が参加した作戦はミッドウェー作戦、カ号作戦(支援)、戌一号作戦、渾作戦、あ号作戦、捷一号作戦、天一号作戦である。

初陣はミッドウェー海戦、連合艦隊旗艦として山本五十六連合艦隊司令長官が座乗し、長門、陸奥らと主力部隊を構成し南雲機動部隊の後方から進撃したが、作戦上、各部隊が細かく編成されて各個に行動していたのが仇となり、先方の南雲機動部隊が米空母の奇襲を受けて壊滅すると、低速の彼女らは救援に駆け付ける事も出来ず、戦機も失って退却した。

海軍期待の大戦艦の初陣は相手を一切見ることなく、唯洋上を航行するのみに終わった。

その後米軍がソロモン諸島ガダルカナル島に侵攻し、米軍の反攻が始まると、連合艦隊は旗艦大和と共に前進拠点のトラック諸島に進出する。

トラックでの大和の任務はカ号作戦支援、南太平洋方面の作戦支援、全作戦支援と転々としていたが、実際には旗艦業務以外にする事は無く、当時の日本海軍が保有する最大の泊地に投錨していた事もあり戦況が悪化するまでは定期的に夏島への上陸が許され、内地からの便りも滞りなく届き、新鮮な青果物も豊富に供給され、艦内は冷暖房を充実させ、月に1、2回は甲板上に設けられた特設の劇場で映画の上演が行われるなど、ガダルカナルを巡る凄烈な戦いが行われている中にも関わらず大和以下の戦艦部隊は安穏とした日々を送っていた。

お陰でついた仇名は「大和ホテル」(当時満州の主要都市に点在した満鉄傘下の高級ホテル「ヤマトホテル」と引っ掛けたダブルミーニング)。

轟沈ボイスにおいては妹の武蔵と信濃の名を呼んでいるが、史実では姉妹艦のなかで最後に没したのは大和だったため、彼女が後を頼めるような妹達はこのとき既にいなかった。

武蔵はシブヤン海で壮絶な最期を遂げ、それからおよそ一ヶ月後には信濃も、まるで次姉の後を追うかのように竣工から僅か10日程で散っていった。

時は1944年11月29日、23日に大和が呉に到着してから6日後の出来事であった。

武蔵は最後の出撃も大和と一緒だったが、信濃の場合は戦闘はおろか、姉達と行動することも終ぞなかったのである。

4月1日、米軍は遂に沖縄に上陸を開始、沖縄戦が始まる。

第二艦隊は5日になって沖縄への水上特攻作戦「天一号作戦」を知らされる。

更に草鹿龍之介連合艦隊参謀長が来艦し「一億総特攻のさきがけとなってほしい」との説得を受け伊藤整一司令長官は作戦を了承、艦隊は準備に取り掛かる。

こうして大和では3分の2近く、その他の艦艇はほぼ満載の状態で、大和以下第一遊撃部隊10隻は4月6日徳山沖を出撃、沖縄に向かって進撃する。

この時米軍は航空偵察や豊後水道沖で偵察していた米潜水艦の通報から大和の出撃を察知していた。

指揮官のスプルアンス長官はデヨ少将率いる戦艦部隊(第54任務部隊)に大和撃沈を指令、同部隊は日本の戦艦との交戦指令に歓喜した。

ところが空母機動部隊を率いるミッチャー中将も大和撃沈を狙い、スプルアンスから特別指示が出ていなかった事もあり、彼に知らせないまま攻撃隊を編成出撃させた。

攻撃隊出撃後にそれを知ったスプルアンスは大和が欺瞞のため針路を一時的に西進し九州に逃げようとしているとも見えた事もあり、ミッチャーに米海軍史上最も短い指令とされる「You Take Them」(貴官がやれ)を発しこれを了承する。

こうして大和以下第一遊撃部隊はミッチャー機動部隊からの大規模空襲に見舞われる。

数度にわたる空襲で護衛の矢矧、浜風、霞、磯風が沈没または大破航行不能、また機関不調で落伍していた朝霜も撃沈された。

大和自身も魚雷10本、爆弾7発を受け14時23分遂に横転沈没した。

時折「日本戦艦中、航空攻撃で撃沈された唯一の艦型」ということで過小評価されることがあるが、推定雷撃20本、爆弾17発、至近弾20発以上という軍艦史上最多にして空前絶後の大損害を受けてなお浮いており、襲い来る敵機を道連れにし続けた妹(武蔵)戦艦1隻、軽巡1隻、駆逐艦8隻の艦隊に対し正規空母のエセックス級7隻と軽空母のインディペンデンス級4隻から発艦した艦載機386機の波状攻撃による攻撃を受けて(命中魚雷10本 爆弾5発)沈んだ姉と、決して簡単にやられたわけではない。

……ろくに海戦参加もできず戦果も挙げられずに消えていったとはいえ、ちょっと彼女らへの評価としては辛すぎるのではなかろうか。

大和への攻撃に参加したある米軍パイロットは後に「まるで戦艦水鬼島の要塞を攻撃しているかと思った」と語っている。

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